折月亮
When I Meet the Moon
月が欠けたことは一度もない。
欠けているのは、月に届く光のほうだ。
スクロール
00 BEFORE
はじまる前に
物語が始まったその日、彼女はあることをした。
01 NEW MOON
十六歳、彼女は客席から光る人を見ていた
新月とは、月がないことではない。光っている面がまるごとこちらに背を向けているだけだ。そこにある。満ちている。ひとかけらも届かない。
彼女はまだ知らない。いつか自分が手を伸ばすことを。
02 WAXING CRESCENT
南蕪に雨が降っていた日
月に出会ったその日、南蕪には雨が降っていた。月の光は灰をかぶったようにくすみ、夜と溶け合って、黙ったまま朽ちていた。
雨の夜は、月がいちばん見えない天気だ。それなのに彼女は、その日に出会った。
03 FIRST QUARTER
彼はいつも彼女の右側にいる
まわりの誰よりも早く、彼は彼女の左耳が聞こえないことを知っていた。訊きもせず、口にも出さず、気づかいらしい素振りも見せない。
動かしてみて
ただ立つ位置を変え、そのままそこに立ち続けた。
04 WAXING GIBBOUS
左耳と右耳
もし誰かに聞いてほしいけれど、誰にも知られたくないことがあるなら。わたしの左耳に向かって話していいよ。
彼女は一生、その耳を自分の欠損だと思ってきた。この瞬間、それは彼女が唯一渡せるものに変わる。
原作・雲厘
わたしの左耳に向かって話していいよ
話しても、届かない。
安全な出口を渡した。
ドラマ版・傅識則
きみに伝えたいことは、ぜんぶ右耳で言う
話すし、聞かせる。
その出口を選ばない。
彼女は、届かなくていい場所を差し出した。
彼は、届くほうを選んだ。
05 FULL MOON
現実と関わらない恋
大人の世界のなかで、彼は彼女に、現実と関わらない恋をひとつ渡した。彼が注いだ愛情は、彼女だけに向いていた。
満月はいちばん明るい瞬間で、同時に欠けはじめる瞬間でもある。
* INTERLUDE
彼女は何かを押してしまった
人見知りにとって最大の恐怖は、自分の意思と関係なく自分がさらけ出されること。作者はそれを、彼女がいちばん隠れたい相手の前で起こしてみせる。
06 WANING GIBBOUS
無理に前を向こうとしないで
そんなこと、無理にしなくていい。無理に明るく前向きでいようとしないで。
彼女は彼を責めているのではない。彼の「良くなった」が、自分に見せるための演技だと気づいてしまった。
わたしを引き止めるために治ったふりをしなくていい。
07 LAST QUARTER
二人とも、言えないことを抱えていた
押してみて
彼女が好きなのは、かつて光っていた自分のほうだと彼は思い込んだ。だから先に一歩下がり、彼女の代わりに選択を済ませた。
片方が黙っているのではない。二人とも言えていない。
08 WANING CRESCENT
彼が立ち止まっていた時間
有明月は月相のなかでいちばん細く、ほとんど見えないところまで痩せる。
それでもまだそこにある。そしてここから、毎日ひとつずつ明るくなっていく。
09 WAXING AGAIN
今度は、演技じゃない
きみとやり直してから、もう演技じゃなくなった。
あいだにあるのは時間ではなく、彼が自分の足で歩ききった道のりだ。彼女が代わりに歩くことはできなかったし、そもそもできない。
光は彼に届くけれど、そこから出てくるのは結局、彼自身だ。
10 FULL MOON
俺の連絡先は、ずいぶんあっさり消したのにな
物語の冒頭で、彼女は目を真っ赤にしながら彼に関する連絡先をすべて消した。
物語の結末で、彼はだるそうにその古い勘定を持ち出す。
俺の連絡先は、ずいぶんあっさり消したのにな。
冒頭のあの削除を、彼は一冊分ずっと覚えていた。
勇気を出せてよかった。
月に出会い、きみに出会えた——
月は満月に戻りました。上へスクロールすると、もう一度たどれます。